民主主義国家に無辜の民なんか居ないんじゃないかという話

たまに聞く無辜の民とかについて語ってみる感じの記事です。

独裁国家相手に空から爆弾を落としているニュースとかを見ていて 
誤爆の結果、無辜の民が犠牲になったという言葉をたまに聞くわけですが
独裁国家の住人が無辜の民であるということには異論はないです主権はないですし

同じ流れで民主主義国家の住人が犠牲になった時も無辜の民とか聞く気がするのですが
これには妙な違和感を感じるわけです。

民主主義は国王を断頭台に送り込み王権を民衆で分け合い皆が主権者になったとか何かで見た気がするのですが
これが正しいとしたら民主主義国家の民衆は無辜の民ではないわけです。
だって無辜の王とか聞いたことがありませんし

ならば子供はどうだろう確かに子供に罪はないけれども国王の子であることの罪で処刑したよねという

力を手に入れてしまったら無力で罪のない者ではいられないのです。

じゃあ発想を変えて罪を犯さなければいい
しかし処刑された王も正しいことをしていたと信じていたはずなわけで
正しいことをしていると思い込むのと正しいことをするのは違うので、まったく困ったもんです。

でも全員を共犯者にしてしまえば罪を犯そうが間違えようが裁かれることはなくなるという
これはちょっとまずいことに気が付いたかもしれないね
気付かなかったことにしよう

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